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第63話 出張と離れる不安③

Auteur: 花柳響
last update Dernière mise à jour: 2026-01-16 18:00:39

 その夜、征也は慌ただしく屋敷を出て行った。

 広大な玄関ホールに、重厚な扉が閉まる音が響き渡る。

 ダンッ、というその重たい音は、まるで巨大な金庫の鍵が下ろされたかのように、私の世界と外の世界を完全に隔絶した。

「……行って、しまった」

 残されたのは、私一人。

 そして、数十人の使用人たち。

 けれど、彼らはプロフェッショナルな「影」であり、私と親しく言葉を交わすことはない。

 主人の命令通り、私を監視し、身の回りの世話をするだけの存在だ。

 私は、あまりにも広すぎるリビングの真ん中で、呆然と立ち尽くしていた。

 静かだ。

 耳が痛くなるほど、静かだ。

 いつもなら、この空間には征也の気配が満ちていた。

 革のソファがきしむ音。新聞をめくる乾いた音。琥珀色の酒をグラスに注ぐ、氷の澄んだ音色。そして、私を呼ぶ低い声。

『莉子』

 その声が聞こえるたびに、私の肩は強張り、心臓が早鐘を打った。

 次はどんな無理難題を言われるのか、何をされるのかという恐怖と、恥ずかしいほどの期待。

 その張り詰めた緊張感が、私の日常だった。

 それが、ない。

「……寒い」

 空調の設定温度は変わっていないはずなのに、二の腕が粟立つほど寒かった。

 私は無意識に、自分の身体を抱きしめる。

 シルクのブラウス越しに触れる自分の掌は冷たくて、何の慰めにもならない。

 征也の熱がない。

 私を拘束し、支配し、焼き尽くすようなあの体温が、ここにはない。

 自由になったはずだ。

 彼がいない間、私は誰にも命令されず、好きな時間に起き、好きなことをして過ごせる。

 あの息苦しい視線からも、理不尽な命令からも解放されたのだ。

「……嬉しいはず、なのに」

 口に出してみた言葉は、広すぎる空間に空虚に響いて消えた。

 嬉しい?

 本当に?

 私の胸の奥に広がっているのは、解放感なんかじゃなかった。

 ぽ
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